百姓になりたい百姓百太郎の日記

現在無職の百姓百太郎が、真の百姓を目指す日々の記録

「人間」を発見する達人

 

妻を帽子とまちがえた男 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

妻を帽子とまちがえた男 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

 

イギリスの神経学者、オリヴァー・サックスの本。

 

彼は、表題にあるような「妻を帽子とまちがえた男」のような、奇妙な症状を呈する精神病患者を診てきた医師だ。

 

いわゆる精神病患者は、異常な考えや感覚、行動に支配され、正常な社会生活を送れなくなっている。

 

そういった実際の問題の他に、精神病患者は大抵精神的に孤立している。

 

精神病患者患者の考え方や感じ方、行動の意味を誰も理解できず、心を通じ合わせられないからだ。

 

人間が他人を同じ「人間」だと感じるには、相手が自分と同じように考えたり感じたりすると思えなければならない。

 

例えば、見た目が人間であっても、その脳だけ犬やトカゲのものに入れ替えられていたら、人間とは思えないだろう。

 

精神病患者が周囲から孤立するのも似たような原理だ。

 

患者たちは、周囲と通じ合う「人間」の部分に著しい問題を抱えていて、はた目にはまるで「人間」を失ってしまったようにも見える。

 

だが、筆者はそうではないと、一貫して主張しする。

 

患者たちは、病気や事故や薬物の影響や生まれつきの異常で「人間」を失ったのではなく、別の形の「人間」を得たのだ。

 

日本語しか分からない人にとっては、英語は謎の記号が無意味に並べられているようにしか見えず、そもそもそれが言語だとも到底思えないだろう。

 

だが、アルファベットとその並べ方を学習すれば、それが日本語と同じく、意味を持った言語だとただちに理解できる。

 

筆者は、患者たちが「人間」ではない何かに変化し、交流が不可能になったのではなく、単に、いわゆる「正常な人間」とは異なる言語を用いているだけで、けして「人間」自体を失ったわけではないと気付いた。

 

筆者は、不合理な考えや異常な行動の奥底で、周囲の無理解によって孤立している患者の「人間」を発見する達人だ。

 

それは、宇宙人の言語を翻訳したり、難解な暗号を解読したりするような、知恵と根気が要求される難行だが、筆者がそれをやってのける過程は痛快ですらある。

 

筆者の思考過程を追体験できる本書を読めば、「人間」という概念の幅と奥行きが大きく拡大するのは間違いない。